久しぶりに“元の世界”に戻った日

エッセイ

母に種イモを宅急便で送ろうと、散歩がてら近所のコンビニへ歩いていった。

犬の散歩をしている人、下校中の学生。

うちの子どもたちも、こんなふうに登下校していたのだろうかと思う。

あ、○○さんちだ。 前はよく自転車に乗った○○さんとすれ違ったのに、最近はスーパーでも見かけなくなった。

赤いおしゃれな車がやってきた。 ★★さんの旦那さんだ。

子供が巣立ったせいか、大きなファミリーカーだったのにおしゃれな車に乗り換えている。

★★さんとは子どもが同じ年で、昔はよくお互いの家を行き来して、お昼を一緒に食べたり、毎日のように散歩したりしていた。

子どもが大きくなるにつれ、部活や学校が違ってきて自然に一緒に過ごすことが減ってきた。

そんなことを考えていたら、急にフウっと、違う世界に引っ張られたような感覚になった。

いや、違う。

久しぶりに“元の世界”に戻ってきたような感覚と言ったほうが近い。

歩いているのは、ずっと住んでいる町内で、毎日通勤で通っていた道。

なのに、なぜか「戻ってきた」と思った。

子どもを連れて散歩して、ご近所の花木を眺めていた頃。

散歩中の犬も、どこの家の犬かだいたい分かっていた頃。

その景色を、いつの間にか見なくなっていた。

気づけば、子どもに声をかけてくれたご近所さんの中には、もう亡くなった方もいる。

どれだけの時間がたったのだろう。

私はずいぶん長いあいだ、この町を“見て”いなかった。

朝ご飯と弁当を作り、遅刻しないように会社へ行き、帰りは暗くなってからスーパーへ寄る。 夜は塾の送迎。休みの日は買い物や銀行、子どもの部活の送迎や遠征。

子供の成長に喜びを感じることもたくさんあったが、仕事も忙しかった。

トリプルワークをしたこともあった。

正社員になり、フルタイムで働いたときは、腹が立ったり、モヤモヤしたり。

心も体も忙しくて、周りを見る余裕なんてなかった。

そんな生活が終わり、子どもの手が離れ、仕事も辞めて、ひとりで歩いた帰り道。

ちょっとだけ、涙が出た。ほんのちょっとだけ。

ずっとここに住んでいたのに、 私は一体どこで何をしていたんだろう。

そんな気持ちになった。

もしかして、私の方が最近お見掛けしないと思われていたりして。

ご近所の様子をかみしめながら家に歩いていくうちに、久しぶりに★★さんをお茶に誘ってみようかなと思ったのです。

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